大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1268号 判決

昭和六二年(ネ)第一二六八号事件被控訴人、同年(ネ)第一三九七号事件控訴人、平成元年(ネ)第三五五事件参加被告 加藤茂(以下「一審原告」という)

右訴訟代理人弁護士 田中徹歩

同 佐藤秀夫

同 一木明

昭和六二年(ネ)第一二六八号事件控訴人、同年(ネ)第一三九七号事件被控訴人、平成元年(ネ)第三五五号事件脱退参加被告 栗原喜三郎(以下「一審被告栗原」という)

右訴訟代理人弁護士 高澤正治

昭和六二年(ネ)第一三九七号事件被控訴人 亀山茂十郎(以下「一審被告亀山」という。)

平成元年(ネ)第三五五事件参加原告、昭和六二年(ネ)第一二六八号事件及び同年(ネ)第一三九七号事件引受参加人 渋井元二(以下「参加人」という。)

主文

一  一審被告栗原の控訴に基づき、原判決主文第一項を取り消す。

二  一審原告の一審被告栗原に対する別紙物件目録(2)記載の土地に関する各登記手続請求をいずれも棄却する。

三  一審原告の参加人に対する同目録(2)記載の土地に関する所有権移転登記抹消登記手続請求を棄却する。

四  参加人は、一審原告のため、加藤浅太郎に対し、同目録(2)記載の土地について、昭和一一年月日不詳時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

五  一審原告の控訴に基づき、原判決主文第三項のうち、一審原告の同目録(3)記載の土地賃借権確認請求を棄却した部分を取り消し、一審原告と一審被告栗原との間において、同目録(3)記載の土地について、一審原告が農地としての使用収益を目的とする期間の定めのない賃借権を有することを確認する。

六  一審原告の控訴に基づき、原判決主文第四項を取消し、右取消部分にかかる一審被告栗原の訴えを却下する。

七  一審原告の一審被告亀山に対する控訴及び一審被告栗原に対するその余の控訴をいずれも棄却する。

八  一審被告栗原のその余の控訴を棄却する。

九  参加人の参加請求を棄却する。

一〇  訴訟費用(参加によって生じた費用を除く。)は、一、二審を通じ、一審原告に生じた分の四分の三と一審被告栗原に生じた分のすべてを一審被告栗原の、その余を一審原告の各負担とし、参加によって生じた費用は、すべて参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(一審原告)

一  原判決主文第一ないし第三項を、次の1ないし3項のとおり変更する。

1 (主位的請求)

(1) 一審被告栗原は、一審原告に対し、別紙物件目録(2)記載の土地(以下「甲地」という。)について、宇都宮地方法務局佐野出張所昭和六二年一一月六日受付第一二八三〇号による一審被告亀山持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。(当審での追加請求)

(2) 一審被告栗原は、一審原告のため、亀山嘉重に対し、甲地について、昭和九年月日不詳の交換を原因とする栗原明三郎持分全部移転登記手続をせよ。

(3) 一審被告亀山は、一審原告のため、加藤浅太郎に対し、甲地について、昭和一一年月日不詳の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2 (予備的請求)

一審被告栗原は、一審原告のため、加藤浅太郎に対し、甲地について、昭和一一年一二月一二日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 一審原告と一審被告栗原との間において、別紙物件目録(3)記載の土地(以下「丁地」という。)について、一審原告が農地としての使用収益を目的とする期間の定めのない賃借権を有することを確認する。

二  原判決主文第四項を取り消し、右部分に関する一審被告栗原の請求を棄却する。

三1  (主位的請求)

参加人は、一審原告に対し、甲地について、宇都宮地方法務局佐野出張所昭和六三年一二月一三日受付第一五二三三号による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2  (予備的請求)

参加人は、一審原告のため、加藤浅太郎に対し、甲地について、昭和一一年一二月一二日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

四  一審被告栗原の控訴を棄却する。

五  参加人の参加請求を棄却する。

六  訴訟費用は、一、二審とも一審被告及び参加人の負担とする。

(一審被告栗原)

一  原判決中、一審被告栗原敗訴の部分を取り消す。

1 一審原告は、一審被告栗原に対し、丁地を明け渡せ。

2 一審原告の一審被告栗原に対する原判決主文第一項にかかる請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  一審原告の一審被告栗原に対する控訴及び当審における追加新請求を棄却する。

三  訴訟費用は、一、二審とも一審原告の負担とする。

四  一項1につき仮執行の宣言

(一審被告亀山)

一審原告の一審被告亀山に対する控訴を棄却する。

(参加人)

一  一審原告は、参加人に対し、別紙物件目録(5)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して甲地を明け渡せ。

二  一審原告の参加人に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、一、二審とも一審原告の負担とする。

四  一項につき仮執行の宣言

第二当事者の主張

〔Ⅰ〕 一審原告の請求

一  甲地についての主位的請求(一審被告ら及び参加人に対し)

〔請求原因〕

1 別紙物件目録(1)記載の土地(以下「丙地」という。)、丁地、同目録(4)記載の土地(以下「戊地」という。)は、いずれも、もと一審被告栗原の先代栗原明三郎(各持分三分の二)と一審被告亀山の先代亀山嘉重(各持分三分の一)との共有であった。

2 栗原明三郎と亀山嘉重とは、昭和九年末ころ、丙地についての明三郎の持分(三分の二)と丁地、戊地についての嘉重の持分(各三分の一)とを交換する契約をした結果、丙地の所有権の全部が亀山嘉重に帰属するに至った。

3 一審原告の先代加藤浅太郎は、昭和一一年初めころ、亀山嘉重から丙地の一部である甲地を、代金二四〇円で買い受けた。

4(1) 栗原明三郎は、昭和二〇年六月一八日に死亡し、その子である一審被告栗原が家督相続により、その権利義務を承継した。

(2) 亀山嘉重は、同年九月一六日に死亡し、その子である一審被告亀山が家督相続により、その権利義務を承継した。

(3) 加藤浅太郎は、昭和四〇年一月三〇日死亡し、遺産分割協議の結果、相続人の一人である一審原告が、浅太郎の一切の権利義務を承継した。

5 丙地について、一審被告栗原は宇都宮地方法務局佐野出張所昭和六二年一一月六日受付第一二八三〇号により、参加人は同出張所昭和六三年一二月一三日受付第一五二三三号により、それぞれ所有権移転登記を経由している。

よって、一審原告は、甲地の所有権に基づき、一審被告栗原及び参加人に対し、右5項の各所有権移転登記の抹消登記手続を、一審被告栗原に対し、一審被告亀山に代位して、持分権移転登記手続を、そして、一審被告亀山に対し、所有権移転登記手続を、それぞれ求める。

〔請求原因の認否〕

1 一審被告ら及び参加人

(1) 請求原因1の事実は認め、同2、3の事実は否認する。

(2) 請求原因4(1)、(2)の事実は認める。

2 一審被告栗原及び参加人

請求原因4(3)、同5の事実は認める。

〔抗弁〕

一審被告栗原は、昭和四九年二月ころ一審被告亀山との交換契約により、丙地の持分全部を譲り受け、また、参加人は、昭和六三年一二月一二日に一審被告栗原から同土地を買い受けたから、仮に一審原告が前記請求原因により甲地の所有権を取得したとしても、登記なしには一審被告栗原及び参加人に対抗することができない。

〔抗弁の認否〕

右交換、売買の事実は知らない。

〔再抗弁〕

1 丙地についての、一審被告ら間の交換契約、一審被告栗原と参加人との売買契約は、いずれも、一審原告の甲地所有権を失わせる目的で、それぞれの当事者間で通謀してされた虚偽表示であって、ともに無効である。

2 仮に右交換契約が通謀虚偽表示ではないとしても、一審被告栗原は、丙地の共有名義人であり、一審被告亀山に持分移転の登記をなすべき義務を負っていたのであり、また、加藤浅太郎が亀山嘉重から甲地を買い受け、一審原告がこれを所有していることもよく知りながら、本件一審判決後に一審被告亀山からその譲渡を受けたものであるから、背信的悪意者に当たり、一審原告は、一審被告栗原に対し、登記なしにその所有権取得を対抗しうるというべきである。

3 仮に前記売買契約が通謀虚偽表示ではないとしても、参加人は背信的悪意者に当たり、一審原告は、参加人に対し、登記なしに甲地の所有権取得を対抗することができるというべきである。すなわち、右売買契約は、甲地の所有権の帰属をめぐる本件訴訟で当審における準備手続進行中に、しかも、次回期日までに和解の可否を双方当事者が検討することとされた昭和六三年一二月二日準備手続期日の直後に行われたものである。売買対象の丙地の一部である甲地上には、一審原告が所有し、現に居住する本件建物が存在し、現に、一審原告が甲地の所有権移転登記等を請求していたのであり、このような土地を、しかも、東京に在住する参加人が買い受けたのは、一審被告栗原との特別な関係の下に、もっぱら一審原告の甲地所有権取得を覆すことを目的としたものとみるべきである。

〔再抗弁の認否〕

1 一審被告栗原及び参加人

再抗弁1、2の各事実はいずれも否認する。

2 参加人

再抗弁3の事実は否認する。すなわち、参加人の妻は、一審被告栗原の妻と姉妹同様な交際をしており、できれば一審被告栗原宅の近くに住みたいとかねて希望していたところ、今回、一審被告栗原から売却の話があり、さっそく丙地を買受けたものであり、一審被告栗原に言われて裁判所に出頭するまで、一審原告と係争中であることは知らなかったのである。

二  甲地についての予備的請求(一審被告栗原及び参加人に対し)

〔請求原因〕

1 加藤浅太郎は、亀山嘉重との主位的請求原因3掲記の売買契約締結後の昭和一一年一二月一二日までに甲地の占有を開始し、同日、その地上に本件建物を建築して所有し、昭和三一年一二月一二日当時にも同土地を占有していた。

2 加藤浅太郎は、昭和四〇年一月三〇日に死亡し、遺産分割協議の結果、相続人の一人である一審原告が浅太郎の一切の権利義務を承継した。

3 一審原告は、加藤浅太郎の甲地の時効取得を援用する。

4 一審被告栗原及び参加人は、丙地について、主位的請求原因5のとおり各所有権移転登記を経由している。

よって、一審原告は、一審被告栗原及び参加人に対し、甲地について右時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。

〔請求原因の認否〕

請求原因1のうち加藤浅太郎の本件建物所有の事実及び同人の甲地占有の事実は認め、その余の事実は否認する。

請求原因2、3、4の各事実は認める。

〔抗弁〕

1 加藤浅太郎による甲地の占有は、所有の意思をもってされたものではない。

すなわち、昭和一一年ころに亀山嘉重が加藤浅太郎に甲地を売り渡した事実はなく、嘉重は浅太郎に事実上、同土地を使用させて建物を建てさせたにすぎない。その当時も農地を宅地として利用するには地目変更等を税務署長に申告する義務があったが、浅太郎がそのような申告をした形跡はなく、昭和六三年一二月までその地目は田のままであった。また、浅太郎は甲地の公祖公課を納めたこともなかった。さらに、本件建物(それが、登記されている建物と同一であるかどうかには疑問があるが、暫く措く。)は、その登記上の所在地が甲地から一六八メートルも離れた長谷場二三八番地とされている。そして、一審原告は一番被告栗原に対し、これまで何回も甲地を売って登記して欲しいと申入れている。これらの点からすると、浅太郎の甲地の占有は所有の意思をもってされたものではないとみるべきである。

2 一(主位的請求)についての抗弁のとおり。

〔抗弁の認否〕

1 抗弁1の事実は否認する。

加藤浅太郎は、亀山嘉重との売買契約に基づき甲地の占有を開始し、その地上に本件建物を建築所有したものであって、その土地占有が所有の意思をもってされたことは明らかである。なお、地目変更の有無や建物所在地番の誤りは、土地の占有についての所有の意思の有無とは関係がない。

2 抗弁2の認否は、一(主位的請求)についての抗弁の認否のとおり。

なお、一審被告栗原は、甲地の取得時効完成当時の共有者の一人であり、登記欠缺を主張しうる第三者には当たらない。

〔再抗弁〕

一(主位的請求)についての再抗弁のとおり。

〔再抗弁の認否〕

一(主位的請求)についての再抗弁の認否のとおり。

三  一審被告栗原に対する丁地の賃借権確認請求

〔請求原因〕

1 加藤浅太郎は、昭和一一年初めころ、栗原明三郎から、丁地を期間の定めなしに小作地として賃借した(以下、これを「旧契約」という。)。

2 栗原明三郎は、昭和二〇年六月一八日に死亡し、その子である一審被告栗原が家督相続により、その権利義務を承継し、また、加藤浅太郎は、昭和四〇年一月三〇日死亡し、遺産分割協議の結果、相続人の一人である一審原告が、一切の権利義務を承継した。

3 仮に、旧契約の成立、存続が認められないとしても、一審原告は、昭和五〇年六月一四日、一審被告栗原との間で、丁地を期間の定めなしに農地として使用収益することを目的とする賃貸借契約(以下、これを「新契約」という。)を締結した。

4 新契約の契約書は、田沼町農業委員会に提出され、その承認を受けたから、農地法三条の許可があったのと同視される。

5 一審被告栗原は、一審原告が丁地に賃借権を有することを争っている。

よって、一審原告は一審被告栗原に対し、右賃借権を有することの確認を求める。

〔請求原因の認否〕

1 請求原因1の事実は否認し、同2、3、5の事実はいずれも認め、同4の主張は争う。

〔抗弁〕

1 旧契約は、農地調整法四条所定の承認を経ていないから、無効である。

2 一審被告栗原は、昭和五〇年三月一八日に、一審原告に対し、小作料不払を理由として旧契約を解除する旨の意思表示をした。

3 一審被告栗原は、同日に、一審原告に対し、旧契約の解約申入れをした。

4 一審被告栗原と一審原告とは、昭和五〇年六月一四日に、旧契約を合意解約したが、右合意解約は農地法二〇条一項但書二号に該当し、同条六項所定の農業委員会への通知もなされた。

5(1) 新契約については、農地法三条の許可を得ていないから、新契約は無効であり、仮に無効ではないとしても、その成立について許可がない以上、その解約にも許可を要しないというべきである。

(2) そして、一審原告は一審被告栗原に対して不穏当な言動をし、また、丁地の一部を養魚池にして目的外の使用をし、このため、信頼関係は破壊されたので、一審被告栗原は、昭和五一年四月一二日に、一審原告に対し、新契約解除の意思表示をした。

〔抗弁の認否〕

1 抗弁1のうち、承認を経ていない事実は認めるが、その余の主張は争う。旧契約締結当時、農地の賃借権設定について、行政機関の承認、許可等を要する旨の法規は存在しなかった。

2 抗弁2、3、4の各事実は、いずれも否認する。

3 抗弁5(1)の事実のうち、新契約について、許可を得ていない事実は認めるが、その余の主張は争う。同5(2)の事実は、すべて否認する。

〔Ⅱ〕 参加人の一審原告に対する本件建物収去甲地明渡請求

〔請求原因〕

1(1) 栗原明三郎(持分三分の二)と亀山嘉重(持分三分の一)とは、丙地を共有していた。

(2) 栗原明三郎は昭和二〇年六月一八日に、亀山嘉重は同年九月一六日に、それぞれ死亡し、それぞれの子である一審被告栗原、一審被告亀山が、家督相続により、各自権利、義務を承継した。

(3) 一審被告栗原は、昭和四九年二月ころ一審被告亀山との交換契約により、丙地の持分全部を譲り受けた。

(4) 参加人は、昭和六三年一二月一二日に、一審被告栗原から代金四八万五〇〇〇円で丙地を買い受けた。

2 一審原告は、甲地上に本件建物を所有して、同土地を占有している。

よって、参加人は、一審原告に対し、所有権に基づき、本件建物を収去することにより甲地を明け渡すことを求める。

〔請求原因の認否〕

請求原因1(1)、(2)、同2の事実は認め、同1(3)、(4)の事実は知らない。

〔抗弁〕

1 〔Ⅰ〕一の請求原因2、3のとおり。

2 〔Ⅰ〕二の請求原因1、2、3のとおり。

〔抗弁の認否〕

すべて否認する。

〔再抗弁〕

〔Ⅰ〕一の抗弁及び同二の抗弁1のとおり。

〔再抗弁の認否〕

すべて否認する。

〔再々抗弁〕

〔Ⅰ〕一の再抗弁のおとり。

〔再々抗弁の認否〕

すべて否認する。

〔Ⅲ〕 一審被告栗原の一審原告に対する丁地明渡請求

一  主位的請求

〔請求原因〕

1(1) 栗原明三郎(持分三分の二)と亀山嘉重(持分三分の一)とは、丁地を共有していた。

(2) 栗原明三郎は、昭和二〇年六月一八日に、亀山嘉重は、同年九月一六日に、それぞれ死亡し、それぞれの子である一審被告栗原、一審被告亀山が、家督相続により、明三郎、嘉重の各権利、義務を承継した。

(3) 一審被告栗原は、昭和四九年二月ころ一審被告亀山との交換契約により、丁地の持分全部を譲り受けた。

2 一審原告は、丁地を占有している。

よって、一審被告栗原は一審原告に対し、所有権に基づき、丁地の明渡しを求める。

〔請求原因の認否〕

請求原因1(1)、(2)、2の各事実は認め、同1(3)の事実は否認する。

〔抗弁〕

〔Ⅰ〕三の請求原因1、2、3、4のとおり。

〔抗弁の認否〕

〔Ⅰ〕三の右請求原因の認否のとおり。

〔再抗弁〕

〔Ⅰ〕三の抗弁のとおり。

〔再抗弁の認否〕

〔Ⅰ〕三の抗弁の認否のとおり。

二  予備的請求

〔請求原因〕

仮に旧契約あるいは新契約が成立、存続するとしても、一審原告が、一審被告栗原に対し、前記のとおり不穏当な言動をし、また丁地の一部を目的外の養魚池として使用したことは、農地法二〇条二項一号所定の賃借人が信義に反する行為をした場合に該当する。

よって、旧契約、新契約の何れにしろ、賃借人たる一審原告には同法二〇条二項一号の解除許可要件があるから、一審被告栗原は一審原告に対し、同条一項の栃木県知事の許可を条件として、丁地の明渡しを求める。

〔請求原因の認否〕

請求原因事実は否認する。一審被告栗原主張のような言動を捉えて丁地賃貸借契約上の信義の問題とすることはできないし、養魚池の点は、休耕田の有効利用として一年だけ鯉を飼ったに過ぎないから、信義に反するとは到底いえない。

なお、農地法二〇条は県知事の許可を賃貸借契約の解除、解約申入れをするための要件としているのであるから、その許可を条件に明渡しを訴求することは許されない。

第三証拠《省略》

理由

第一一審原告の甲地に関する主位的請求について

請求原因1の事実(丙地、丁地、戊地が栗原明三郎、亀山嘉重の共有であったこと)は、当事者間に争いがない。しかし、栗原明三郎と亀山嘉重とが、昭和九年末ころに、右各土地の持分を交換する契約をしたとの事実については、原審における一審原告、一審被告栗原各本人の供述によれば、昭和一〇年代から、丙地については亀山嘉重が、丁地、戊地については栗原明三郎が、主として使用していたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

したがって、右交換契約の成立を前提とする一審原告の主位的請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

第二一審原告の甲地に関する予備的請求について

一  加藤浅太郎が、昭和一一年ころに甲地に本件建物を建築して所有して同土地を占有し、昭和三一年ころにもこれを占有していたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、加藤浅太郎は、昭和一一年一一月ころ、丙地の共有者であった亀山嘉重から同土地の一部である甲地を買い受け、同年中にその地上における本件建物の建築に着手し、その後完成した本件建物を所有したことが認められる。この点に関する原審における一審被告亀山本人の供述は、当時未成年であった同一審被告は右売買の事実を知らないというにとどまり、また、原審における一審被告栗原本人の供述も、父栗原明三郎が自分は加藤浅太郎に売っていないと言っていたというに過ぎないのであって、いずれも右認定を左右するに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

一審被告栗原及び参加人は、加藤浅太郎の甲地の占有が所有の意思をもってされたものではないと主張する。なるほど、《証拠省略》によれば、甲地の地目は昭和六三年一二月まで田のままであったこと、甲地についての公租公課は、少なくとも昭和五〇年ころまで一審被告栗原が負担してきたこと、本件建物は、登記簿上、甲地上ではなく、それから一〇〇メートル以上も離れた土地上に存在するものと表示されていることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はないが、加藤浅太郎が、亀山嘉重から甲地を買い受けたことは前認定のとおりであり、また、その地上に本件建物を建築所有して占有してきたことは前説示のとおりであるから、右各事実をもってしては、いまだその占有が所有の意思をもってされたとの推定を覆すことはできないというべきである。そして、一審原告が一審被告栗原に対し、甲地を売ってほしいと申し入れたという事実を認めるに足りる証拠はない(なお、一審被告栗原は、右登記により表示された建物と本件建物(甲地上の建物)との同一性をも疑問視するが、仮に本件建物が未登記であるとしても、それと加藤浅太郎の甲地の占有が所有の意思をもってされたものか否かとは、何ら関わりがない。)。

したがって、加藤浅太郎は、平穏、公然に所有の意思をもって昭和一一年中に甲地の占有を開始し、それから二〇年間その占有を継続したものと推定されるから、これにより、甲地を時効取得したものというべきである(ただし、前記認定のとおり時効取得の月日を特定することはできない。)。そして、加藤浅太郎が、昭和四〇年一月三〇日に死亡し、その相続人の一人である一審原告が、遺産分割協議の結果、浅太郎の一切の権利義務を承継したことは、当事者間に争いがなく、一審原告が本訴において加藤浅太郎の甲地の取得時効を援用したことは、訴訟上明らかである。

二  丙地につき、一審被告栗原が宇都宮地方法務局佐野出張所昭和六二年一一月六日受付第一二八三〇号による一審被告亀山の持分全部移転登記を、参加人が同出張所昭和六三年一二月一三日受付第一五二三三号による所有権移転登記を、それぞれ経由していることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、一審被告栗原は、本件各土地付近の河川改修に関連して他の所有地との交換により丙地の一審被告亀山の持分全部を取得したこと、一審被告栗原は、昭和六三年一二月一二日、参加人に対し、丙地を売り渡したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。もっとも、一審被告栗原は、一審被告亀山との交換契約締結の時期について、昭和四九年二月ころと主張し、原審における一審被告栗原本人の供述によれば、一審被告ら間で右四九年ころから交換の話が出ていたことが窺えるが、右供述をもってしては確定的な合意があったことを認定するには足りず、《証拠省略》によれば、同じ趣旨で持分の移転があった丁地、戊地の登記原因が昭和五七年一二月九日持分放棄、丙地の登記原因が昭和六二年一一月二日持分放棄とされていること、一審被告らは、原審において、丙地に関する交換契約成立の事実を何ら主張しなかったことが認められることからすると、少なくとも、一審被告栗原が交換により確定的に丙地の持分を取得した時期は、本件訴訟係属後の昭和五七年以降と推認すべきである。

三  一審原告は、右交換契約は一審被告らの通謀による虚偽表示であると主張する。そして、なるほど、交換契約が一審原告がその所有権移転登記等を求める本件訴訟提起後に締結され、しかも、その事実が原審では一審被告らから主張されず、これを原因とする登記も当審係属後の昭和六二年一一月に経由されたとの前記認定の事情に照らすと、その疑いの余地が全くないわけではないが、右事実のみでは、いまだ右交換が虚偽表示であると推認するには足りず、他にこれを証するに足りる証拠はない。

また、一審原告は、右売買契約も、一審被告栗原と参加人との通謀による虚偽表示であると主張する。そして、《証拠省略》によれば、右売買契約の締結時期は、当審において一審原告と一審被告栗原間の準備手続が終結に近づき、昭和六三年一二月二日の準備手続期日において、甲地については一審原告の所有とする方向での和解案の検討を次回期日までに行うこととされた直後であること、買受人たる参加人は、甲地からは遠隔の東京都内に在住し、また、一審被告栗原の知人であり、一審被告栗原の売却申入れから契約成立まですべて電話でのみ行われたというのであって、売買契約書も作成されていないことが認められ、これに反する証拠はない。そして、《証拠省略》中には、一審被告栗原は参加人に対し、甲地上に本件建物が存在し、一審原告が居住することや甲地の所有権の帰属をめぐり一審原告と訴訟中であることを契約締結、登記経由までの間に告げなかったとの部分があるが、同人らの間柄と事柄の性質とに照らし、このようなことは著しく不自然であって、にわかに措信しがたいことであり、むしろ、参加人はこれら事情を知った上で、右売買契約を締結したものと推認すべく、また、参加人の供述する購入の目的もきわめて不自然であるといわざるをえない。これらの事情からすると、右売買契約は通常の取引としてはかなり不自然であり、通謀による虚偽表示であるとみる余地が全くないわけではない。しかしながら、これを否定する当審における一審被告栗原、参加人各本人の供述を勘案すると、いまだ、虚偽表示であるとまで認定するには十分でないといわざるをえず、他にこれを証するに足りる証拠はない。

四  しかし、一審被告栗原が、右交換以前から甲地の共有者(持分三分の二)であったことは前判示のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、昭和五一年に提起された本件訴訟において、一審原告は、当初からその先代加藤浅太郎が主位的には売買、予備的には時効取得によって甲地の所有権を取得したと主張し、一審被告栗原は、右主張を争ってきたことが認められるから、その後に成立した右交換契約による持分取得があったからといって、一審被告栗原が、正当な利益を有する第三者であるとして一審原告の登記欠缺を主張するのは、それが新たに取得した持分に関する限りであるとしても、信義に反するというべきであり、いわゆる背信的悪意者として、民法一七七条の第三者に当たらないといわざるをえない。

また、一審被告栗原と参加人との間の丙地売買は、一審原告主張のとおり本件訴訟において、甲地を一審原告の所有とすることを内容とする和解案が提示された直後に行われていること、参加人は、甲地上には一審原告所有の建物が存在し、かつ土地所有権が訴訟で争われていることを知りながらこれを購入したものであるところ、参加人は遠隔地に居住しており、その購入の目的も不自然であり、右売買についての交渉も、売却申込から契約成立まですべて電話で行われ、通常の不動産売買として不自然であること等の前記三認定の事情に照らすと、右売買契約は、もっぱら売買、時効により甲地の所有権を取得したと主張している一審原告を害する目的で締結されたものであると推認することができ(る。)《証拠判断省略》したがって、参加人もまた背信的悪意者として、民法一七七条の第三者に当たらないというべきである。

五  したがって、一審原告の参加人に対する時効取得を原因とする甲地の所有権移転登記手続請求は理由がある。しかし、一審被告栗原に対する同旨の移転登記手続請求は、前記のとおり参加人が丙地の所有権移転登記を経由して、一審被告栗原は現在登記上の所有名義人となっていないのであるから理由がないというべきである。

第三参加人の一審原告に対する本件建物収去甲地明渡請求について

参加人が一審被告栗原から丙地を買い受けたことは前記認定のとおりであり、一審原告が甲地上に本件建物を所有して、同土地を占有していることは当事者間に争いがない。しかしながら、加藤浅太郎は甲地を時効取得し、一審原告がこれを承継取得したものであり、右所有権取得をもって参加人に対し登記なしに対抗することができることは、前判示のとおりであるから、参加人が前記売買により甲地の所有権を取得する余地はない。というべきであり、参加人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四一審原告の一審被告栗原に対する丁地賃借権確認請求について

一  《証拠省略》によれば、加藤浅太郎は、昭和一一年ころに、栗原明三郎から丁地を小作地として賃借し(旧契約の成立)、これを耕作してきたことが認められ、《証拠省略》中、右耕作が賃貸借契約に基づくものではないかのような部分は、賃貸借関係にないといいながら一審被告栗原が賃料を請求したとか、「小作代金」と明示した受取書を作成しながら、これは田んぼの損料、田の維持費であるとか述べるなど、著しく不自然なものであって、にわかに採用しがたく、また、一審被告栗原本人の供述中、昭和一四年ころまでは栗原側で丁地を耕作していたとの部分も、一審被告栗原は昭和六年生まれで当時は幼児であったことが明らかであって、これに反する前記各証拠に照らしても、直ちに措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。そして、一審被告栗原、一審原告が、右賃貸借契約上の貸主、借主の各地位をそれぞれ承継した事実は当事者間に争いがない。

二  一審被告栗原は、旧契約は農地調整法四条所定の承認を経ていないから無効であると主張する。しかし、農地調整法が施行されたのは昭和一三年八月一日であり、しかも、当初は賃借権の設定に行政機関の認可を要することとされた農地は一部に過ぎず(同法六条)、農地の賃借権設定について一般的に行政機関の認可を要することとなったのは、昭和二〇年法律第六四号(昭和二一年二月一日施行)による同法の改正によってである(同法五条)。そして、いずれについても、その施行前に設定された賃借権についてもその認可を要するとは規定されていなかったから、その施行前に締結された旧契約に基づく賃借権については、同法の認可は要しないことが明らかであり、一審被告栗原の右主張は失当というほかはない。

また、一審被告栗原は、昭和五〇年三月一八日に小作料不払を理由として旧契約を解除する意思表示をした、あるいは、同年六月一四日に旧契約を合意解約した、と主張する。そして、《証拠省略》によれば、一審被告らは、連名で、一審原告の丁地賃借権に関し、昭和四九年一一月一一日付をもって一審原告の小作料不払を理由に田沼町農業委員会に対し、農地法二〇条一項の規定による許可申請をしたこと、その後、同委員会委員や栃木県職員等が一審被告らと一審原告の双方から事情を聴取して調整に努めた結果、昭和五〇年六月一四日に、一審被告栗原が引き続き丁地を一審原告に貸すことが確認され、契約期間を昭和五〇年一月一日から一年間とする賃貸借契約書と同三年間とする賃貸借契約書とが作成され、一審被告栗原は一審原告から昭和三三年から同四九年までの小作料を受け取ったこと、そのころ、前記許可申請は取り下げられたことが認められ、これに反する証拠はない。右認定の事実によれば、一審被告栗原主張の解除の意思表示がなされたとしても、農地法二〇条一項所定の許可を得ていない以上、契約終了の効果を生じる余地はなく、しかも、その意思表示自体がその後徹回されたとみるべきであり、また、昭和五〇年六月一四日に契約書が取り交わされたのは、旧契約の内容を明確にし、その存続を確認する趣旨であるとみるべきであり、一審被告栗原主張のようにこれをもって旧契約が合意解約されたとみる余地はない。

三  次に、《証拠省略》によれば、昭和五一年四月ころ一審被告栗原が丁地の一部に栗の苗木等を植えたことから、一審原告との間の紛争が再燃し、その後、一審被告栗原は一審原告に対し、丁地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。この点に関し、一審被告栗原は、旧契約が消滅し、これとは別個の新契約が成立したとの前提で、その新契約の成立について農地法三条の許可を得ていないから、その解除についても農地法二〇条一項所定の許可は要しない旨を主張するが、右解除の意思表示の当時、存続した賃貸借関係は旧契約に基づくものであることは前記認定のとおりであるから、右主張は前提を欠き、右解除につき農地法二〇条所定の許可を得ていない以上、右解除の意思表示により賃貸借関係終了の効果が生じたと解する余地はない(なお、新契約の成立を前提とする無効の主張の理由がないことは、前記説示に照らして明らかである。)。

四  そして、昭和五〇年六月一四日に旧契約存続が確認された際に、契約期間の異なる二種類の契約書が作成されていることは前記認定のとおりであるところ、その何れが有効であるにしろ、既に契約期間は満了しているが、その期間満了前に農地法二〇条一項所定の許可を得た上で更新しない旨の通知がなされたことについては主張、立証がないから、同法一九条により、旧契約は更新により期間の定めがない賃貸借として存続しているというべきである。そして、一審被告栗原が、一審原告が丁地に対する賃借権を有することを争っていることは、当事者間に争いがない。

五  したがって、一審原告の一審被告栗原に対する賃借権確認請求は理由がある。

第五一審被告栗原の一審原告に対する丁地明渡請求について

一  主位的請求について

請求原因1(1)、(2)の事実が当事者間に争いのないこと、一審被告栗原主張の交換契約が昭和五七年以降に成立したことは、さきに判示したとおりである。したがって、一審被告栗原は丁地を所有するということができ、また、一審原告が同土地を占有することは当事者間に争いがない。

しかし、加藤浅太郎と栗原明三郎との間に旧契約が成立、存続していること、一審被告栗原、一審原告が右契約に基づく貸主としての地位、借主としての地位をそれぞれ承継していることは前判示のとおりであり、また、その契約の無効原因、終了原因として一審被告栗原が主張する各事実が認められないことも前判示のとおりである。

したがって、一審原告に丁地の即時明渡を求める一審被告栗原の主位的請求は理由がない。

二  予備的請求について、

一審被告栗原の予備的請求は、借主たる一審原告の言動が農地法二〇条二項一号の要件に当たると主張し、同条一項に基づく栃木県知事の許可を条件として、一審原告に対し、丁地の明渡しを求めるものである。ところで、農地法二〇条の規定によれば、農地賃貸借の当事者は、都道府県知事の許可を受けなければ賃貸借の解除、解約の申し入れその他賃貸借を終了させる行為を行うことができないものとされ、同条二項には許可を相当とする場合が列挙されているのであるが、その趣旨が、継続的な契約である農地賃貸借の安定を期してみだりに賃貸借関係が解除、解約されるのを防止し、もって耕作者の地位の安定を図るにあることに鑑みれば、この規定は、字義どおり、農地賃貸借を解除、解約しようとする者に対し、事前に知事の許可を得ることを要求しているものと解するのが相当である。したがって、農地賃貸人が、知事の許可を得ることなく賃貸借契約解除の意思表示をし、その許可を条件として明渡請求訴訟を提起することは許されない。というべきである。もし知事の許可が事後にあれば足りるものと解し、許可を受けないまま解除の意思表示をし、許可を条件として明渡請求をすることも許されるものとするときは、当事者間に賃貸借関係が認められる以上、その賃貸人には知事の許可を条件とする明渡請求権が常に肯定できることになる(同条二項各号所定の事由は、知事が同条による許可を与えるについての要件であって農地賃貸借の解除、解約権の発生ないし行使のため実体的要件ではないと解されるから、農地明渡訴訟の受訴裁判所がその存否を判断する必要はなく、判断することは許されない。)から、賃借人に対して不満を持つ賃貸人は、何時でもこのような条件付明渡しを訴求し、事前訴求の必要性を立証すれば、認容判決を得ることができることとなるが、このような結果を認めることは、かえって一般の土地賃貸借関係以上に農地賃借人の地位を不利に陥れることになりかねず、さきに述べた農地法二〇条の立法趣旨に反することになり、このような見解は採用できないのである。したがって、このような条件付明渡請求は将来の給付の訴えとしても許容しえないものと解するのが相当であり、一審被告栗原の予備的請求にかかる訴えは不適法であるといわざるをえない。

第六結論

以上のとおりであって、一審原告の請求は、甲地に関する主位的請求及び同土地に関する一審被告栗原に対する予備的請求は棄却すべきであるが、同土地に関する参加人に対する予備的請求及び丁地に関する請求は認容すべきである。また、参加人の請求及び一審被告栗原の主位的請求は棄却すべきであり、一審被告栗原の予備的請求にかかる訴えは不適法なものとして却下すべきである。

よって、原判決はこれと異なる限度で失当であり、これと同旨の部分は相当であるから、一審原告、一審被告栗原の各控訴に基づき、原判決の一部を取消し、右各控訴のその余の部分をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九二条、九三条、九四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克已 裁判官友納治夫は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 吉井直昭)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例